カテゴリ:指導の現場より



11日 11月 2010
 最後の事例として、もう熟練してきた学習者に起こる「あのときのようにできない」を示しておくこととします。
11日 11月 2010
 「できないことを“できない”と気づく」というのは、そう容易いことではありません。前述したとおり、動きつつある中で感覚を置き去りにしてしまえば、単なるトレーニング的な反復運動になってしまいます。そして、そのように習慣づけられた自我に感覚素材がいくら触発しても、自我に気づかれないまま過去地平に沈んでいってしまうのです。しかし同時に、意識を向けることで、つまり自分次第で、新しく拓けてくる世界がある、と考えられるのではないでしょうか。そう考えるとき、できないことに気づけるのは“能力”と言えるのかもしれません。運動学では、〈原志向位相〉から形態発生が出発すると考えますが、この〈原志向位相〉に立てるかどうか、というのはとても重要な問題なのではないでしょうか。
11日 11月 2010
 また、「できていたあのときの感じ」という感覚の記憶は、ときに、私たちに錯覚を引き起こすことがあります。たとえば、「合っているはず」と信じ切っていたのが、メトロノームをつけてみて愕然としたり、「これ以上大きく私は動けない」というくらい動いているつもりでも、ビデオに撮ってみると、小さくもがいているだけのような動きでショックを受けたりすることがあります。つまり、「上手にできている」と思っていたことが「実はできていない」ことに気づくということです。
11日 11月 2010
 さて、「あのときのようにできない」のは何故か、という話に戻りましょう。これまで述べてきたことから考えると、コツをつかもうとして、あるいは隣の人に合わせようと試行錯誤している真っ只中である、という一つの分析ができると思います。これはすなわち、金子の形成五位相における〈探索位相〉と、まぐれでできたという段階である〈偶発位相〉を行ったり来たりして、一定の動感メロディーを統覚し、現前化できる〈形態化位相〉をめざしている段階であるということです。
11日 11月 2010
 よりよい演奏をめざして練習していくとき、「以前よりできなくなっている気がする」とか「あのとき思い通りに(あるいは何も考えずに普通に)できたことがなぜか今はできなくなってしまった」と感じることはありませんか。それは、地打ちにのっていくことであったり、笛を息漏れしないで吹くことだったり、様々な場面で起こるようです。...
25日 10月 2010
 この10月から、本学こども芸大の5歳児クラスを対象に和太鼓の指導がはじまりました。毎年行っているこの指導ですが、今年も週に一回、子どもたちが元気に太鼓の練習をしています。今日は、そこでの出来事を書いてみようと思います。
30日 10月 2009
 9月の後半から、5歳の子どもたちに向けた指導を行っています。その中で、指導者が太鼓で打ったリズムを子どもたちが当てるという「リズム当てクイズ」をしました。私が太鼓で「ドッコドッコ」と打ち、それを聞いて子どもたちが口で「ドッコドッコ」と答えるものです。その中で「ドッコドッコ」と「コドッコドッ」というリズムを教えていて、興味深い点があったので紹介したいと思います。
12日 2月 2009
 2月4日、学生組は2月11日に行われる2008年度卒業/修了研究・制作展開会式での演奏のための仕上げの段階に入っていました。演奏曲のサバンナは、曲の始まりに奏者全員の音が一斉に合うところがあります。それについて、音は合っていて良くなってきていたのですが、どこか“輝き”がないように感じられたのです。
03日 10月 2008
 大学祭まであと7日となりました。  昨日は会場となる本学の水上能楽堂で太鼓の配置の確認が行われました。...
25日 8月 2008
 お天気は良くなかったのですが、それも関係なく蔵王のロッジに閉じこもり、太悳と太悳学生組でじっくり話をしてきました。太悳学生組一人ひとりから太悳代表への質問ということで、三時間いろんな質問に代表が答えました。...

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